掲示板の過去ログ(2006年10月1日〜10月31日)

こんばんわ 投稿者:かかまる 投稿日:10月31日(火)21時42分24秒
こんばんわ。
大きな大会が始まるとのそのそ出てくる私です。ご無沙汰しております。

台湾戦はあれれ・・・??? な展開のまま終わってしまいましたね。
日本の選手にばかり目が行き、台湾の選手一人一人にまったく記憶がないのですが、
逆にそれほど全員バレーをし、守り、粘り勝ちを収めたのだと思います。破壊力もなかなかでしたね。

以前書かせていただきましたが、私の子供たちはハンドボールをやっていますが、
どんなにシュートが巧くとも強くとも、ディフェンスの弱いチームは必ず負けます。
自滅というやつです。ディフェンスは一人でやるものではなく、全員でやるもの。
もちん私のような素人が言うまでもないことですが、今日の試合であの粘り、
ラリーの応酬を見せられるとつくづく守りだと思いました。
菅山のリベロが悪いとは思いません。攻めに走りすぎた嫌いがありました。
守ってつなげないといい攻めもできません。
次に期待したいと思います。応援しています。
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台湾戦 投稿者:管理人 投稿日:10月31日(火)20時12分7秒
3セット
25〜23で負け
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台湾戦速報 投稿者:管理人 投稿日:10月31日(火)19時23分46秒
J 25〜18 T
18〜25
19〜25
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世界選手権メンバー 投稿者:管理人 投稿日:10月28日(土)20時42分49秒
日本バレーボール協会は世界選手権開幕3日前の28日、
主将の竹下佳江(JT)やイタリアでプレー経験がある高橋みゆき(NEC)ら女子代表12人を発表した。
右肩痛の大山加奈(東レ)や左足を痛めた栗原恵(パイオニア)は外れた。
12月のドーハ・アジア大会も同じメンバーで戦う。

人選で難航したセンターは杉山祥子(NEC)や19歳の石川友紀(武富士)ら4人で、嶋田美樹(日立佐和)が外れた。
就任4年目で初の世界選手権に臨む柳本晶一監督は1978年以来7大会ぶりのメダル獲得を目標にした。
1次リーグA組の日本は初戦で台湾と戦う。

代表は次の通り。
竹下、菅山かおる、宝来真紀子(以上JT)
高橋みゆき、杉山(以上NEC)
荒木絵里香、木村沙織(以上東レ)
小山修加、落合真理(以上久光製薬)
高橋翠(トヨタ車体)
井野亜季子(日立佐和)
石川友紀(武富士)
http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/ballsports/news/20061028-OHT1T00156.htm
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10月27日発売のNumberPLUS 投稿者:管理人 投稿日:10月25日(水)23時14分54秒
◆闘将対談◆
荻野正二×吉原知子
「一緒に北京に行こか」
http://www.bunshun.co.jp/mag/numberplus/index.htm
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世界選手権のメンバー発表は29日に 投稿者:管理人 投稿日:10月24日(火)19時36分19秒
新エース・小山、世界選手権で跳ぶ!打つ!


31日に東京などで開幕するバレーボール世界選手権に出場する全日本女子が23日、都内で練習を公開。
栗原恵(22)=パイオニア=が左足親指痛、大山加奈(22)=東レ=が右肩不安定症で離脱する苦しい布陣の中、
中国からの帰化選手、小山修加(26)=久光製薬=が主砲に抜てきされた。
出場選手12人は29日に発表される。

驚異の跳躍力と強気なハートが全日本の頼みの綱だ。
中国で走り高跳びのジュニア女王だった小山が、初の世界選手権でエースアタッカーに抜てき。
右肩を痛めた大山に代わり、レフトで打ちまくる。
「大山が抜けたから小山が入ったんじゃないことを証明したい。
速いトスも打つし、スパイクのコースも広がりました」

中国出身で02年に日本国籍を取得。
今年5月、全日本に初招集され、ワールドGPでは後半からスタメン入り。
セッター竹下佳江とのコンビネーションも向上し、
柳本晶一監督は「速さプラス幅のある攻撃ができるようになった」と期待する。

故障者続出の全日本は、栗原、大山に加え、控えセッターの板橋恵が20日にウイルス性肝炎で離脱し現在13人。
右手首骨挫傷から復帰した菅山かおるが出場OKになったのが数少ない救いだ。
史上最低の13位に沈んだ前回大会から4年。柳本ジャパンが背水の陣で臨む。
http://www.sanspo.com/sports/top/sp200610/sp2006102406.html
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2006バレーボール世界選手権 直前会見(1/3) 投稿者:管理人 投稿日:10月24日(火)13時16分20秒
“メグ・カナ”がいなくとも、チームプレーでメダルに迫る。
31日に東京などで開幕するバレーボールの世界選手権に向け、
日本女子代表チームが23日、都内の国立スポーツ科学センターで練習を公開した。
出場候補選手17人のうち右肩痛の大山加奈(東レ)や左足を痛めた栗原恵(パイオニア)らを除く13人が参加し、
レシーブやブロックを中心に約2時間、汗を流した。
この日予定されていた最終メンバーの発表は、センターの人選が定まらないために先延ばしとなった。

大山、栗原の出場は絶望的で、控えセッターの板橋恵(日立佐和)は、
数日前に内臓疾患のため合宿から離れるなど状況は厳しい。
しかし、柳本晶一監督は「はっきり言って強いと思う。試合が始まれば、時代を作ってくれると確信している。
詰めを怠らずに本大会に臨みたい」と力強く意気込みを語った。
夏のワールドグランプリ後は、ブロックとサーブを徹底的に強化した。
今季、チームが掲げたテーマは“−2(アンダーツー)”。
1セットにつきミスを二つ減少させて勝負所を落とさずに勝つ、というものだ。
主将を務める竹下佳江(JT)は「今年一番大きな大会。チーム一丸となって全力で、
ベストパフォーマンスができるように頑張りたい」とチームワークの重要性を唱えた。

大会は女子が11月16日まで行われ、男子は11月17日に開幕する。
日本女子代表は31日の1次リーグで台湾、コスタリカ、ケニア、韓国、ポーランドと対戦。
31日の台湾戦で初戦を迎える。

■柳本晶一監督「はっきり言って強いと思います」
板橋(恵)は肝臓を患ってしまい、大したことはないのですが大阪の方にいます。
痛いと言うので本人も軽い気持ちで検査に行きましたが、採血して検査したら肝炎でした。
もう1週間しかなく時期的にも難しいです。本人もつらそうでした。
今日はそれ以外の13名で来ました。
最終のギリギリまでこのメンバーで行って、絞り込むといういつものパターンで、
最終メンバーを決めたいと思っています。
チームの方は「−2(アンダーツー)」をテーマに、
堅いチーム、日本独自のバレーを志そうということで、非常に良い手応えを感じています。
はっきり言って強いと思います。
試合が始まったら、このメンバーは時代を作ってくれるんじゃないかと確信しています。
残りわずかですが、最後の詰めを怠らないように本大会に臨んでいきたいと思います。

(チームの強みは?)いっぱいあるんで三つぐらいでいいですか(笑)?
 グランプリでは、12チーム中ブロックとサーブ部門が12位の最下位でした。
ここは数字にこだわりながら、徹底的に強化しようじゃないかということで、
意識改革と毎日(課題の)数字をクリアすることに務めてきた成果が出るのではないかと思っています。
今は小山(修加)が先発で出ていますが、竹下(佳江)からのトスワークのリズムが良くなっていて、
速さプラス幅のある攻撃ができるようになって、日本独自のコンビネーションを展開できるようになってきました。
世界のトップと戦っても面白いんじゃないかと思います。
それから、レシーブも力を入れてきたので、3点目はレシーブを挙げたいと思います。
まだありますけど、三つにしておきます。

(メンバーの最終決定は?)ある程度、考えはまとまっていますが、最後まで何が起こるか分かりません。
竹下が言ったように一丸となってやってきました。
次につながる、あるいはこの中で一番良い状態を作るためにやらせてもらっている。
(発表は)ギリギリになると思います。はっきり言って(迷っているのは)センター線です。
荒木(絵里香)と宝来(眞紀子)が非常に固まってきて良い状態だが、
そこで石川(友紀)、杉山(祥子)辺りの状態をもう少し見極めることが必要かなと思っています。
思ったより石川の伸びが良いので、非常に悩んでいます。
今後は今夜来日予定のブラジル代表と合同練習を行い、チームのまとまり具合など最後のチェックをします。
国内でも男子の大学生などとやっているが、それを切らさずに調整試合をしていきます。
マホ(宝来眞紀子)と荒木の2枚にしてから(ブロックの)数字が跳ね上がりました。
杉山はライトに回るタイプ。以前は大友(愛)が入って、杉山を生かした複雑な攻撃ができていましたが、
今回は大友がいないのでセンター線の動きが大事になってきます。
石川も派手さはないが、非常にいい動きを見せていると思っています。

(狙うメダルの色は?)われわれは一番、トップを目指して頑張っています。
おのずと結果は付いてくると思いますが、そのためにやってきています。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/volley/column/200610/at00011015.html
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2006バレーボール世界選手権 直前会見(2/3) 投稿者:管理人 投稿日:10月24日(火)13時15分11秒
■竹下佳江主将「結果を出さなきゃいけない大会」

みんないい状態できています。
チーム力で今は勝っているので、チームが崩れなければ(日本の)力が出せると思います。
(大会の山場について聞かれますが)目の前の一戦一戦を一生懸命に戦いたいです。
世界バレーは「結果を出さなきゃいけない大会」です。
(大阪の)貝塚合宿はすごくいいモチベーションで練習ができましたし
自分自身はサーブを打ち込んできました。いい状態で試合に臨めると思います。
(スパイクが)一発で決まれば、それはチームが良い状態だということになると思いますが、
海外の選手のレベルは高いです。攻撃を跳ね返されることもあるので、
粘り強いバレーをしていきたいと思っています。
(セッターとしては)選手一人ひとりを必死に見ることを大事にしてきています。
(小山についての質問に)世界との経験も少なく、葛藤(かっとう)があると思います。
彼女が打ち切れるトス、高さで上げようと思っています。
(選手個々の調子の崩れがあったとしても)いろんな意味でも助けていけるようにと思っています。
バレーボールは、ボールをコートに落としたら負けです。
(若い選手には)コートで結果を出すこと、
必死にくらいついていくこと……日々の努力で中で何か感じてもらえればと思います。
(リーダーシップは)気にしないです。
(引退した吉原知子前主将はリーダーシップを強く出すタイプだったが)もちろん電話で話したり、
相談にのってもらうことはありますが、自分は自分です。自分がどんなタイプかなんて、自己分析はしません。

■高橋みゆき「引っ張らないといけない立場にきた」
グランプリ前はチームのことというよりも、自分の体を作ることを中心にやってきました。
でも、グランプリ後は、一人ひとりの技術が上がることを目的にやってきました。
日本チームのプレーについては、いい感じできていると思います。
イタリアから帰ってきたときは、メンバーとの考え方の違いを感じました。
でもそういう考え方の違いは、(自分の年齢が)下のときもそうだったように、
私やテンさんが引っ張っていかないといけない立場にきていると思っています。
そこはガツンというだけではなくて、いろいろな言い方で話さないとと思います。
(具体的な違いの説明は)難しいですね……。
でも、世界で戦うには、自分には何が必要かを分かっていないといけないですが、
自分が目指すものを持っていない選手もいたと思います。
でも、代表経験が初めての選手もいますし、それはあって当然のことだと思っています。
今は上とか下とか関係ないので、みんな言い合っていますよ。
(代表経験の少ない)小山はブロックが重要になります。
まだ分かっていない部分もあるけれど、分かってもらわなければ困るので、
言い方がきつくなっているかもしれませんが、言っています。
でも、できないと思っていることは言わないし、ミスを責めたりもしません。
このチームには、チームの色があります。
それが何かは見てから感じてもらえればと思いますが、
その色を出せたら、いい戦いができると思っています。
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2006バレーボール世界選手権 直前会見(3/3) 投稿者:管理人 投稿日:10月24日(火)13時11分27秒
■菅山かおる「数字に出ないプレーをしっかりと」

チームが一丸となって戦うところを見てほしいです。
大きな大会はいくつもテレビで見たけれど、
どれが世界選手権だったのかは思い出せませんね(苦笑)。
(前回は13位だが)上を目指してやっていかないと。
グランプリで勝てなかったチームにも、反省点を生かして臨み、今度は勝ちたいです。
(手のけがは)イタリアでの練習で乱打をやっている時に痛めました。
イタリアではテーピングだけだったけど、
日本に帰ってきてからはギプスをしていたので、生活面でも不便でした。
ご飯がなかなか食べられなかったり……。左手で食べられるようになりましたが。
バレーの面では、同じポジションに入る選手のプレーを見ていました。
人と人の間のボールの処理など(客観的に見ることで)注意するようになりました。
(個人的に気をつけているのは)レシーブの確率、サーブの返球。
数字に表れるプレーよりも数字には出ないようなこぼれ球のカバー、サーブレシーブ、
細かいつなぎなどをしっかりとやっていきたいです。
これをしっかりしないと日本のコンビバレーはできませんから。
調子は、いい感じで上がってきています。試合までが楽しみです。

■木村沙織「結果を求めて一生懸命やるだけ」

結果を求めて一生懸命やるだけです。私はあまり人に相談とかしないタイプですね。
反省はしますけど、深く考え込んだりもしないです。
(前回のように相手のサーブに狙われてリズムを崩される恐怖は?)不安は多少ありますけど、
練習でもできてきているので大丈夫。絶対に狙われると思いますけど(苦笑)。
あの時は感覚が狂ってしまって、いつもの練習でも直りませんでした。
グランプリのブラジル戦でリズムが崩れて、ぐちゃぐちゃのまま修正ができませんでした。
ブロックはチームでもすごくやってきています。
(男子の)大学生を相手にも練習していて、タイミングなどを教わっています。

■小山修加「ビビらないのが自分のよさ」

代表に入った当初は何も分からずに飛ばし過ぎました。
体があちこち(ガタガタになって)きていたけど、だいぶ直ってきました。
自分の体は大事にしないと、次のトレーニングに入っていけないですね。
大会は、すぐに来てほしいぐらい楽しみです。会見をやって「(近づいて)きている」という感じがします。
たくさんの応援を受けると、私は調子に乗ることができるタイプなので、大きな声援を楽しみにしています。
外国人選手を相手にビビらずに思い切りプレーできるのが自分のよさだと思っています。
ただ、今まではブロックなどでの細かいプレーができていなかったので、そこは合宿での課題でした。
世界選手権ではバックアタックだけとかではなく、私の全部のプレーを見てほしいです。
代表として恥ずかしくない、元気の良いプレーで、見ている人に力を与えられたらいいと思う。

■荒木絵里香「ポジションを離さないように頑張る」
ブロック中心になって、止めていかないといけない。とにかく思いっきりいきたいと思います。
バックアタックは、サーブを打った後しか(チャンスが)ないけど、
チャンスがあれば打っていきたいですね。
すごく大きな大会なので、少しでも試合に出て経験を積みたいです。
今は使ってもらっているけれど、グランプリの時は1週間前にAチームに入れてもらいました。
逆のパターンも起こり得ると思う。外から見ている時間が長かったので、
今のポジションを離さないように頑張りたいです。
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竹下主将「一丸で」…バレー日本女子 投稿者:管理人 投稿日:10月23日(月)21時34分3秒
31日に東京などで開幕するバレーボールの世界選手権で
メダル獲得を狙う日本女子が23日、東京都北区で練習を公開した。
負傷などでチームを離脱した選手は多いが、
竹下佳江主将(JT)は「一丸となり全員が最高のプレーをできるようにしたい」と飛躍を誓った。

出場候補選手17人のうち右肩痛の大山加奈(東レ)や左足を痛めた栗原恵(パイオニア)らを除く13人が
国立スポーツ科学センターで約2時間、レシーブやブロック練習した。
大山や栗原の出場は絶望的で、控えセッターの板橋恵(日立佐和)は内臓疾患のため合宿から離れた。

ベンチ入りの12人発表はこの日の予定だったが、センターの人選が定まらず先延ばしになった。
苦境とも思える柳本晶一監督だが「秋から課題のブロックとサーブを重点的に鍛えた。
日本独自のコンビバレーを展開し、やる以上は一番を目指す」と決意を語った。
女子が11月16日まで行われ、男子は11月17日に開幕する。
日本女子は31日の1次リーグ初戦で台湾と対戦する。
http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/ballsports/news/20061023-OHT1T00153.htm
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バレー柳本監督「はっきり言って強い」 投稿者:管理人 投稿日:10月23日(月)21時30分56秒
バレーボール女子日本代表が23日、
都内の国立スポーツ科学センターで世界選手権(31日開幕、日本)へ向けた練習を公開した。
9月18日から合宿を開始し、調整は最終段階。

会見で柳本監督は「ハッキリ言って強い。時代をつくれるチームだと確信している」と自信満々に言い切った。
竹下主将は「今年の一番大きな大会。チームが一丸となって、最高のパフォーマンスを見せたい」と抱負を語った。
http://www.nikkansports.com/sports/f-sp-tp0-20061023-107581.html
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世界選手権のメンバー発表は26日 投稿者:管理人 投稿日:10月22日(日)09時33分52秒
バレーボール女子のアテネ五輪代表で、
31日に開幕する世界選手権(日本各地)でもアタッカーとして期待されていた
大山加奈(東レ)と栗原恵(パイオニア)が、
ともに故障のため同選手権への出場が絶望的になっていることが20日、分かった。
大山は右肩関節を痛めており、栗原も左足親指骨折からの復帰を目指している。
2人は世界選手権の代表候補には入ったが、大会直前になっても合宿に参加できない状況が続いている。

日本バレーボール協会は世界選手権に臨む女子代表の発表を当初の23日から26日に延期し、
男子とともに発表する予定。
http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/ballsports/news/20061020-OHT1T00206.htm
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10月29日のジャンクスポーツ 投稿者:管理人 投稿日:10月21日(土)11時30分21秒
吉原さんが出演します。

テーマは「特訓」。
どんな苦しみも前向きに受け止める「特訓」が大好きなアスリートの皆さんに様々なエピソードを聞いた。
バルセロナ五輪71キロ級金メダリストの古賀稔彦は柔道を始めた頃、
一本背負いをガニ股で投げていたが「内股のほうが力が逃げないぞ」と教えられ内股に直すことにした。
普段から女の子もしないような極端な内股歩きをしたところ、全国大会で優勝し「古賀神話」が始まったという。
錣山親方(元関脇寺尾)は入門当時から小柄だったので、兄たちに食事で「大食い特訓」をさせられた。
まずは寿司屋で3人前、お寿司を食べた後、ステーキ屋さんで、
1.1キロのステーキを食べさせられたことがあるという。
上には上がいるようで、ある力士は夕飯をドカ食いし、一晩で11キロ体重が増えたことがあるという。
元読売ジャイアンツの投手、定岡正二は甲子園のアイドルだった。
同時期に巨人の原辰徳監督も人気者だった。自分の方が原監督より人気があったと定岡は力説する。
原監督の高校時代のさわやかな写真やエピソードも披露する。

■ゲスト
 古賀稔彦
 矢野 東
 中上貴晶
 定岡正二
 錣山親方
 岩本 勉
 吉原知子
 瀬間詠里花
http://wwwz.fujitv.co.jp/b_hp/junk_s/index.html
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来週のジャンクスポーツ 投稿者:管理人 投稿日:10月16日(月)00時10分11秒
たぶん吉原さんが出演すると思います。
今日、いや日付で言うともう昨日になってしまいますが、
10月15日のジャンクスポーツの終了時に出る次週の予告で・・・。
定岡正二氏の場面がチラッと写りましたが、
その時、後方のネームプレートに間違いなく「吉原知子」の文字がありました。
録画しているので見直したら確かにありました。

変更があるとしても近々ジャンクスポーツに出演することは間違いなさそうです。
ちなみに今の段階でジャンクスポーツのホームページの次週予告はまだ更新が
されていないようです。
http://www.fujitv.co.jp/js/top.html
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サオリン、セッター封印…世界選手権はアタッカー専念 投稿者:管理人 投稿日:10月11日(水)11時40分10秒
バレーボール全日本女子の木村沙織(20)=東レ=が当面、セッター挑戦を封印する。
11月の世界選手権(国内各地)で、アタッカーとレシーバー専念を志願したことを、
柳本晶一監督(54)が10日、明らかにした。

木村は、将来の司令塔候補として修業中で、
夏のワールドGPではセッターとして実戦で本格デビューし、トスを上げた。
だが、10月になって、柳本監督に「サーブレシーブと打つことに専念したい」とセッター封印を申し出た。
世界選手権でプレーが中途半端になることを恐れたようで、
“仕事”を一本化したことで練習も集中できるようになった。
柳本監督も「木村はええよ。期待できる」と目を細めていた。

この日、全日本は大阪・貝塚市で紅白戦を行い、木村はレギュラー組の紅組でプレー。
積極的にスパイクを打ち込んでいた。
http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/ballsports/news/20061011-OHT1T00019.htm
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本日の1枚を変更しました。 投稿者:管理人 投稿日:10月10日(火)15時39分31秒
宜しかったら目次のページからご覧下さい。
この掲示板最上部の吉原さんの画像をクリックすると目次に移動します。
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吉原さん、昨日は野球観戦でした。 投稿者:管理人 投稿日:10月 8日(日)19時05分25秒
パリーグのプレーオフ第1ステージがインボイス西武ドームで開幕しました。
西武松坂投手、ソフトバンク齊藤両エースの白熱した投手戦となり、
西武ライオンズが和田一浩選手の貴重なタイムリーで
1点をもぎ取った西武ライオンズがまず1勝をあげました。

この試合には、弊社所属の吉原知子さん、上村愛子選手も駆けつけ、
和田一浩選手が決勝点をあげるという貴重な1日となりました。

また、明日のソフトバンクの先発は和田毅投手が予定されております。
明日のプレーオフも引き続きご声援のほど宜しくお願致します。
http://www.sports-biz.co.jp/news/pop/pop.php?nid=355
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バレーにも導入してみては? 投稿者:管理人 投稿日:10月 7日(土)15時55分43秒
厳格ばかりじゃ能がない…でしょ


プロ野球実行委員会が、
ビデオを使ったリプレー判定を来春のオープン戦で試験的に実施することを決めた。
といっても本塁打をめぐる微妙な判定に限られたもので、カメラやモニターのある球場で試みるという。
時代は人間の目より機械の正確さを頼るようになり、
かつて「おれがルールブックだ」という名言を残した二出川審判の影は野球の“進化”とともに薄れていく気がする。

ビデオ判定には賛否両論あるだろうが、
野球の母国・米大リーグでも1999年に一度しか例がないという点では画期的な一歩だと思う。
これまで日本球界は、米大リーグに追随することをよしとしてきた。
だが、日本独自のベースボールがあっていいのではないか。
最低限のルールにのっとったうえでのオリジナリティーなら大歓迎だ。

ベースボールが画一的である必要はないと考えながら、横浜・三浦の苦しそうな表情が印象に残った。
「世界共通のルール。国際試合ではすぐボークをとられる」というアマ側の強い要請で、
プロも昨オフから2段モーションを禁止するようになった。
打者のタイミングを外すため、苦労して考え出した投球フォームを修正することで、三浦の持ち味も消された。
今季は疑惑の判定ばかりが話題になったため、2段モーションの判定は、あやふやだった感が否めない。
修正したとはいえ、見た限りではまだ微妙な投手も他球団にはいた。
巨人では、キャンプから林や豊田が多少、投球フォームを気にしていたが、三浦ほどのフォーム修正は必要なかった。
投手は繊細といわれているだけに、気にしだしたら切りがない。
2段モーションかどうか、決めるのは自分たちで「おれがルールブック」とばかり、
林は7回のピンチを切り抜け、豊田も8、9回の2イニングを無失点に抑え13セーブ目。2人とも堂々と投げ込んだ。
いずれは2段モーションにもビデオが導入? いや、そこはファジーな方がいい。
http://hochi.yomiuri.co.jp/column/gcolumn/news/20061004-OHT1T00127.htm
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女子バレー:大山が代表離脱 右肩関節治療で 投稿者:管理人 投稿日:10月 4日(水)12時46分56秒
女子バレーのレフト・大山加奈(東レ)が、
9月から日本代表女子を離脱していることが、4日分かった。
右肩関節不安定症(ルーズショルダー)の治療のため。
31日に開幕する世界選手権のメンバー入りについて、
チーム関係者は「ギリギリまで可能性を探りたい」と話した。
http://www.mainichi-msn.co.jp/sports/feature/news/20061004k0000e050013000c.html
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吉原知子・勝つための責任と意地 投稿者:管理人 投稿日:10月 2日(月)23時06分12秒
闘志を前面に出すプレースタイルで、抜群の統率力を発揮しチームを一つにまとめる。
そんな彼女につけられた称号は「優勝請負人」。
実際、日本で所属した4チームすべてで優勝を飾っている。
そして彼女が立て直したチームは実業団だけではなかった。
シドニーオリンピックの出場を逃し、どん底状態だった女子日本代表の復活にも大きく貢献。
バレーボール界を代表する主将に、これまでのキャリアを振り返ってもらった。



自分の存在を伝えたくて
―――いつからバレーを始められたのでしょう

北海道出身ということもあり、一番最初に始めたスポーツはスキーでした。
小学校に入ってからは、バスケット少年団しかなかったので必然的にバスケットをやっていました。
バレーを始めたのは、中学校に入ってからです。

―――スキー、バスケットをしながら、中学校でバレーを始めたきっかけを教えてください

私は3人姉妹の真ん中で、小さいころからよく両親に怒られていたんです。
いつも間に挟まれ、何をやっても「妹だから」「お姉ちゃんだから」と……。
家にいれば怒られるので、とにかく外で遊びたくて、スキーやバスケットをしていたのもそういう理由でした。
実際、両親はみんな同じようにかわいかったのでしょうが、
私は「家族に自分の存在を伝えたい」「『私もここにいるよ』とアピールしたい」という思いがとても強かったんです。
通っていた中学校のバレー部が北海道で一番強いと知り、
これなら存在をアピールできるのではないかと思ってバレー部に入部しました。
実際入部してみると、かなりのスパルタ指導でした。
さらに、私はどこに行っても怒られ役のようで、2、3年になるころにはチームの誰よりも怒られたり、
はたかれたりしていたんです。
当時はまだ「強くなりたい」というような思いもあまりなかったので、
この先どうしようかなと悩んだこともありました。



黄金期の日立へ入社
―――妹背牛商業高校に進み、高校3年で全日本入りを果たします。
エリート街道を進んでいるように見えますが、自分のプレーに自信を持てるようになったのはいつごろからでしょうか

自分のプレーに対して自信を持ったことはなかったですね。
うまいと思ったこともありません。
ただ、コートの外では「大丈夫かな」と不安になっていても、いざコートに立つと強気になるんです。
「やってやる!」と(笑)。
この強気は、中学校のときから勝負に対する厳しさをたたき込まれていた影響だと思います。
バレーボールには、この1本を取れば流れが変わるというような“勝負どころ”がゲーム中に必ずあるのですが、
それを厳しく教え込まれていたんです。
なので、たとえ自信がなくても試合になったら自分がやらなければいけないという自覚があったのだと思います。

―――高校卒業後は強豪・日立に入社されます

高校時代は、卒業したら大学で勉強したいという気持ちもありました。
中学時代から「楽しむ」というより「勝負」としてのバレーを続けてきていて疲れていたんだと思います。
しかし、ほかの人には大学からもオファーが来ているのに、私には日立からしか来ていないと聞いて。
とてもぜいたくな話なのですが、
そこしかルートがなかったので日立に入社することを決めた――という状態でした。
後に、実は大学からもオファーは来ていて、先生がうそをついていたと知るのですが(笑)。
当時は日立の黄金期で、私なんか場違いではないかと不安でしたが、
ボール拾いでも何でも3年は続けようと入社前に決めました。
そういう決まりを自分につくらないと、何かあったらすぐに逃げ帰ってきそうな気がしたんです。
いざ日立に入ってみると、案の定ろくに練習をさせてもらえず、
脇で見て、データを取る練習ばかりさせられていました。

―――入社して3年が経ったとき、どのような心境でいらっしゃいましたか

入社して間もなく、まだ試合には出られないころに、
データ取りとしてソウルオリンピックに連れていってもらったことがありました。
コートの外から試合を見ていると「私もあそこに立ちたい」「こんなところでプレーしたい」という思いが強くなり、
だんだんとモチベーションが上がっていくのを感じていました。
また、1年目の途中からセンターポジションのレギュラーとして試合に出してもらっていました。
そのころの日立のメンバーは、ロサンゼルスオリンピックの全日本メンバーとほぼ同じで、
出来上がったチームの中に新しく入り戸惑う私に中田久美さんが付きっきりで指導してくださったんです。
そんな状況の中で辞めるなんて言えるわけもなく「もうやるしかない!」と。


イタリアで実感したバレーボールへの思い
―――1994年に日立を解雇されます

いきなり解雇を告げられ、その日のうちに寮も体育館も出ていけと言われました。
ショックじゃないと言ったらうそになりますが、
そのとき私の中では「なんでこんな思いまでしてバレーを続けなきゃいけないんだろう」
という思いの方が強かったんです。
92年のバルセロナ大会でオリンピックにも出場していましたし、
いつかバレーを辞めるときが来るのなら今辞めてもいい、と思っていました。
その後、同時期に日立から解雇されていた大林(素子)さんとともにイタリアからオファーを頂きました。
私は「バレーをやっていなかったら、こんな嫌な思いもしなかった……」とひねくれていて、
バレーを続ける気もイタリアに行く気もなかったんです。
しかし、先輩である大林さんが「一緒に行こう」と何度も声を掛けてくれたこともあり、
子供のころから語学に興味があったので語学勉強のつもりでイタリア行きを決めました。
まずは語学、バレーはその次――くらいの感覚でした。
実際イタリアに行っても、外国人枠には人数の制限があり、試合には出られませんでした。
練習はみんなと一緒にやるのですが、試合になったら私はベンチにも入れず、観客と一緒の席でずっと見るんです。
「私だったらああいう風にやるのにな」と思って見ているうちに「自分がやりたい」と思うようになって――。
私の中でバレーが大きな割合を占めていることに初めて気付きました。
「今度コートに立ったら、1日1日を後悔しないように、全力で頑張ろう」と。
この経験は、その後の私のバレー人生を振り返っても、とても大きな財産になっています。


前に、前に
―――1年間イタリアでプレーされた後、日本に戻ってダイエーに所属された経緯を教えてください

イタリアに移った翌年、アトランタオリンピックがありました。
初めは大林さんも私も全日本にはいらないと言われていたのですが、
全日本の成績が悪く、試合でも勝てない状況になって急きょ招集がかかったんです。
イタリアのチームメートには「残りなよ」と言ってくれる人もいれば
「オリンピックは特別なんだから、日本に戻りなよ」と言ってくれる人もいたのですが、
日本で一番つらいときにイタリアのチームメートに支えてもらっていたことや、
徐々にイタリアにも慣れてきていたことを考え、イタリアに残るつもりでした。
そんな私の背中を押したのは、当時ダイエーの監督だったアリー・セリンジャーさんの言葉でした。
「日本に戻っておれのところでやってみろ。
それでも日本が嫌でイタリアに帰りたくなったらその時点で帰らせてやる」と言ってくださったんです。
イタリアのチームメートもみんな、最終的には背中を押してくれ、日本に戻ることを決めました。
このころから、後ろを振り返る余裕がなくなっていました。前に進むしかなかったんです。
また、どの局面でも「任されたからにはやろう」という責任を感じていました。


「年齢制限」を見返すために
―――ダイエーには4年間在籍し、その後東洋紡にも3年と、プレーをお続けになります

実は、アトランタが終わった後に辞めようと考えていたんです。
当時私は26歳で、平均的に24、25歳で現役を終えるような時代だったので。
それをセリンジャー監督に伝えると
「何で自分に限界をつくるんだ。選手として一番良い時期は30歳を過ぎてからだ」と言われたんです。
どうしても辞めたかったわけじゃないですし、だまされたと思って続けてみることにしました。
ダイエーのバレー部が廃部になったとき、日立時代に同期だった永富(有紀)選手から
「最後は一緒にプレーして引退しよう」と誘ってもらい、東洋紡に移籍しました。
移籍直前のシドニーオリンピック代表選考の際、私は年齢制限で落とされていたので、
このころにはもう全日本を目指すという感覚はありませんでした。
自分のプレーをしっかりして、周りの観客を納得させることが目標だったんです。
そして、勝って実力を証明することで「
年齢」という理由で選考から落とした人たちを見返してやろうと心に誓っていました。

―――最後の選手生活にしようと思って移籍した東洋紡でしたが、
   2002年の廃部後にさらにパイオニアに移籍されたのはなぜでしょう

東洋紡で優勝を果たし、意地を見せつけることもできたので、本当にもう十分だと思っていました。
引退して会社で働かせてくれるようお願いしたところ、
東洋紡のバレー部長から「お前はまだ選手としてやれる。だから働かせることはできない」と言われたんです。
まだ辞めさせてくれないのかと……(笑)。
そのとき3つのチームからお誘いを頂いていて、その中の一つがパイオニアでした。
当時の監督で、とても信頼していたセリンジャーさんから
「最後は自分の下でやって終わるのがトモさんらしくていいんじゃないの」と言われたんです。
普段絶対褒めない監督なだけに、これはもう殺し文句ですよね。
こんなことを言っていただいて、パイオニアに行かないわけにはいかなかったんです。


勝利にこだわる理由
―――そして04年のアテネオリンピックを前に、全日本に復帰されます。そのときの気持ちを教えてください

代表に呼ばれたときは「まさか」と思いました。
一度は年齢制限で落とされていますし、当初は代表に行く気もありませんでした。
しかし、いろいろと考え、良くも悪くも可能性が自分の手の中にあるのなら、
それに懸けて全日本を絶対に良くしてやろうと思ったんです。やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いと。
また、私は若いころ「生意気だ」「扱いにくい」などと言われていました。
自分としては勝ちにこだわっていただけなのに……。
私はそのころから何も変わっていませんでしたし、自分は間違っていなかったということを、
全日本で結果を出すことで証明したかったんです。
もちろんリスクもありますし、賭け状態。しかし、失敗したら責任をとる覚悟はできていました。

―――なぜ、そこまで勝ちにこだわったのでしょう

勝つことで、今まで嫌だったことを忘れられますし、
陰でチームを支えてくれている人たちも一瞬にして幸せになれるからです。
もちろん試合に全然出られないメンバーにしてみたら、自分が試合に出て勝ちたいはずです。
でも、負けるよりは勝った方が良い。
その子たちも「なんで私たちはこうやって陰で嫌な思いをしなればならないのか」など、
いろいろな感情を抱えていますが、勝った一瞬だけはみんなが報われるときだと思うんです。
なので、勝って自分がうれしいというよりも、
支えてくれている人たちにちょっとでも恩返しをしたいという気持ちの方が強かったです。


「後悔だけはしたくない」
―――引退を決めた理由を教えてください

故障していたひざが限界で引退を決めました。
現役最後に出場した黒鷲旗という大会では、毎日40ccもの水を抜いていたんです。
レベルを下げてやろうと思えばやれたのですが、やるならトップでやりたいというこだわりがありました。
自分のひざの状態を考えたとき、100パーセントのパフォーマンスは発揮できないと感じたんです。
今は程よく動くとひざの調子も良くて、
寂しいというより「もしかしたら、まだできるかも」と感じることもあるんです。
また、後悔はしていませんが、
迷っている部分があるのは何かまだ現役として学ばなきゃいけないことがあるからなのかなとも考えてしまいます。
もやもやしている部分が何なのかに気付くまでもう少し時間がかかると思いますが、
結論が出たときは自分の気持ちに正直に進もうと思っています。


―――いつか死んでしまうとき、どんな人生だったら納得して終えられますか

これから先何をしていくか分からないですが、後悔だけはしたくないです。
後悔することがあるということが、何より悔いが残ることだと思うんです。
イタリアに行って試合に出られなかった時期、
日本の友人から「帰っておいでよ。うちでトレーニングやりなよ」という声を掛けてもらったことがあります。
しかし、イタリアに行くと自分で決めたことを後悔したくなかったので、
イタリアに行って良かったと思えるよう自分で努力しました。
これまでもそういう生き方をしていましたし、これからもそんな風に生きていきたいと思います。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/career/column/200610/at00010680.html
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