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JR福知山線脱線 「見せしめ」日勤教育、人権侵害認定例も

◇花壇の草抜き/就業規則の筆記−−人権侵害認定例も
JR福知山線の脱線事故で、死亡した高見隆二郎運転士(23)は伊丹駅でのオーバーランなどで運行が遅れ、
強いプレッシャーを受けていたとの見方が強まっている。
ミスをした運転士は処分を受け、日勤教育という名の再教育が待っている。
JR西日本の日勤教育は、内容も期間も職場長任せ。「教育とは名ばかり。実態は見せしめ」との証言も多く、
01年には3日間の教育を受けた運転士(当時44歳)が翌日に自殺した。
今回の事故を受け、同社は日勤教育の見直しを示唆しているが、問題点を検証した。

日勤教育を明確に人権侵害と認定した例がある。
JR西日本神戸支社が実施していた日勤教育について、
兵庫県弁護士会は04年6月「合理的教育的意義が乏しく、懲罰目的と推認でき、人権侵害にあたる」として
改善を求める勧告を出した。同支社姫路鉄道部所属の運転士が人権救済を申し立てていた。

勧告書によると、運転士は02年2月、列車を折り返し駅で停車中、トイレに立ち、詰め所で同僚と2分間雑談。
列車に戻る途中、上司が「車両看視を怠った」と指摘した。しかし列車は定刻通り出発した。
また同年4月には、ワンマンカーに乗務中、扉の開閉作業で、開けてはいけない扉を開けるミスをした。

運転士は同年5月、運転業務を外され、▽就業規則の筆記4日間▽花壇などの草抜き5日間−−など
計14日間にわたる日勤教育を科されたうえ、戒告処分を受けた。
同弁護士会は、就業規則の筆記について「肉体的・精神的苦痛を与えるもので、
いかなる教育的意義があるのか疑問」と指摘。
草抜きについても「運転士としての能力や資質の改善にほとんど役立たない。
安全運転させるための手段としては不適当」と判断した。
そのうえで、日勤教育全体について「申立人にとって屈辱的なことであり、甚大な苦痛を与えた。
戒告処分は会社の裁量の範囲内だが、日勤教育を科したことは人格権を侵害する」と結論付けた。

◇JR側「機能していた」
同社は事故に際し、職員の(1)知識不足(2)技能不足(3)意識の欠如−−を理由に挙げ、
とりわけ(3)を重視して日勤教育を実施しているとされる。
ホームにずっと立たせたまま、入って来る電車すべてに
「私はこういうミスをしました」と言わせる教育まであるという。
同社の垣内剛社長は会見で「学習で安全に対する意識を高め、現場の判断で大丈夫と見極めれば乗務に戻る。
(現状で)機能していると思っている」と述べた。

高見運転士は車掌時代に2回、運転士になってからも昨年6月にオーバーランで処分され、
この時は13日間の日勤教育を受けた。暗い表情で反省文を書かされている姿を同僚運転士が目撃している。
垣内社長は「3回も処分される人は多くないと思うし、再教育で立派になっている人もいる。
ただ、今回の事故が起きて、今までのままでいいのかと思う。
教育内容も(職場長任せでなく)一定の基準を設ける必要があるかもしれない」とも述べ、見直しを示唆した。

JR東日本では、ミスが続いた場合、指導担当の運転士が添乗し、現場で直接指導する。
日勤教育は大半が1日程度で、職場単位で乗務員のバイブル「運転取扱実施基準」の熟読や筆記で、
運転士としての心構えの徹底を図っている。ミ
スの程度に応じて最長3日間の教育を行っているが、乗務員を萎縮(いしゅく)させないよう配慮し、
年1〜2回、全運転士を対象に各支社で衝突事故を想定した運転訓練を実施している。

◇相次ぐオーバーラン−−事故後に動揺広がる
脱線事故後、JR西日本管内では、駅の停止位置を行き過ぎるオーバーランが相次ぎ、
30日までに10件に上った。同社は「連続して起きていることは申し訳ない」と会見で頭を下げるが、
運転士が惨事に動揺したことによる連鎖ミスの可能性もある。
同社によると、管内のオーバーランは事故翌日の先月26日1件、27日3件、28日3件、29日2件、
30日1件。山陽線が5件を占め、東海道線2件、片町、北陸、奈良線が各1件。電車の種別は普通が7件、
新快速2件、区間快速1件。距離は、29日夕に山陽線瀬戸駅(岡山県瀬戸町)での40メートルが最長。
事故後、同社はベテラン運転士による添乗指導を行っているが、
見習運転士に指導運転士が付き添う電車がオーバーランしたケースもあった。
同社の村上恒美安全推進部長は会見で、オーバーランの続発について「緊張感を持って皆勤務しているが、
過度の緊張を免れない場合もあるかもしれない」と話した。
「厳しい日勤教育の影響ではないか」との質問には
「幅広い観点から今までやってきたことが本当によかったのかを把握していきたい」とした。

◇教育的要素乏しい−−職場環境のストレスに詳しい、小杉正太郎・早稲田大文学部教授(ストレス心理学)の話
ミスをした社員に罰を与えるのは、ミスを修正させる目的では有効な面もある。
しかし、罰だけ与え続けると社員の士気は低下し、抑うつ状態になって注意力が低下した揚げ句、
単純なミスが増える。
JR西日本の日勤教育は教育的要素が乏しく、単に社員をストレス状態に追い込むだけ。
もっと前向きな社員教育に取り組むべきだ。

◇利便性優先、造られた急カーブ−−住民、乗客の不安的中
事故現場のR300(半径300メートル)のカーブは、JR西日本が私鉄に対抗して利便性を向上させるため、
線路を付け替えた際に造られたが、惨事の遠因となったとみる地元住民は多い。
8年前までは、列車が突っ込んだマンションの北側を分岐点として福知山線の上り線が東側、
下り線が西側を通っていた。上り線は緩やかなカーブを経てほぼ直線に近い状態で尼崎駅に入るコースだった。
しかし、97年3月に開通した東西線に乗り入れるため軌道を変更。
カーブは半径600メートルから半径300メートルになった。
JR西日本は「尼崎駅で東海道線と福知山線が同じホームで乗り換えられるようにするため、
最適なコースを選んだ結果」と説明する。

大手私鉄と競合する京阪神で輸送力や利便性をアップさせ、
シェア拡大を狙うJR西日本の「アーバンネットワーク」計画の中核と位置づけられたのが東西線。
人口が急増する兵庫県三田市と都市圏を結ぶ福知山線のダイヤ整備も計画の一環とされ、
旧国鉄時代に1日93本だった普通・快速電車は360本に増えた。
しかし、利便性向上の陰で安全性に疑問を持っていた乗客も少なくない。
福知山線で大阪市内に出勤した男性(57)は「レールと車輪が擦れる音を聞き、
大きな揺れを感じる度に『脱線したら』と不安に思っていた」と話す。
JR西日本は「カーブが急になったことは事実だが、安全性は十分考慮していた」としているが、
現場のカーブは、速度オーバーに対応できる最新型のATS(自動列車停止装置)が整備されていなかった。